英国商人だったウィリアム・キャクストンは、英王の妹として結婚したブルゴーニュ公爵夫人の依頼で『トロイ歴史集成』をフランス語から英語に直し始めたところ、印刷術について知り、ケルンあるいはアントワープでその「人工的に書く技術」を習得、ブルージュに戻り『トロイ歴史集成』を印刷出版した。1476年ごろ帰国して、ウェストミンスターで印刷工房を開設した。最初に印刷した大作がチョーサーの『カンタベリー物語』だった。 ボッカチオの枠物語『デカメロン』に倣って、チョーサーはロンドンからカンタベリーに往復する巡礼たちがする物語を書いた。
『カンタベリー物語』の15世紀写本は80以上現存する。キャクストンはこれを取り上げて印刷し、1483年には巡礼の木版画を入れて再版した。現存部数は20以下で、愛読されたことが分かる。ここには国王と乞食を除く社会階級の構成者が、韻文ロマンスから散文まで様々な詩形を用いて、活写している。グーテンベルクと同じく、キャクストンも大作の傍、贖宥状などを賃仕事として印刷した。
William Caxton, an English merchant, who, at the request of the Duchess of Burgundy, a sister of Edward IV, translated The Recuyell of the Histories of Troy from French into English. Hearing of the printing, an artificial art of writing, he went to learn it at Cologne or Antwerp, returning to Bruges, where he printed the Troy as the first book printed in English.
In c.1476 he went back to England, setting up the first English press in Westminster, where he printed Chaucer’s Canterbury Tales. In c.1483 he published an illustrated edition of the work with woodcut illustrations of Canterbury pilgrims. Following Boccaccio’s frame story called the Decameron, Chaucer devised the Canterbury pilgrimage as his frame, introducing every member of the social class except the king and the beggar.
Like Gutenberg, Caxton also took to a job work of printing indulgences.
- 00:22 キャクストン印刷
- 01:06 枠物語
- 01:31 『デカメロン』
- 02:14 『カンタベリー物語』
- 02:56 『カンタベリー物語』の狙い
- 03:26 カンタベリー巡礼
- 04:14 『カンタベリー物語』の写本
- 04:47 ウィリアム・キャクストン
- 05:15 『トロイ歴史集成』
- 05:46 キャクストンと印刷術
- 06:52 グーテンベルク聖書
- 07:21 キャクストンの目論見
- 07:35 ウェストミンスター
- 08:41 キャクストンの免罪符
- 09:48 キャクストンの仕事
- 10:18 印刷年号について
- 10:58 現存部数
- 11:23 詩と散文で構成
- 11:42 印刷ガイドレター+手書き
- 12:12 木版の印刷大文字のみへ
- 12:24 メディアの合体したもの
- 書物史講座 Youtube 再生リスト
00:22 キャクストン印刷
こんにちは高宮です。
久しぶりにYouTubeで今日取り上げますのが、チョーサーというイギリスの14世紀の詩人が書きました『カンタベリー物語』The Canterbury Tales、これの印刷本をですね、ウィリアム・キャクストンという人物が2度やっています。1476年そして1483年。
そのうち特に後の第2版、1483年の版には多くの木版画によるカンタベリー巡礼の人たちの絵も入っております。そういうものを扱って、この時代の印刷物の特徴というのをご説明したいと思っております。
01:06 枠物語
さて、大勢の登場人物を扱う文学の技法に、枠物語、枠というのはframeですね、ですから英語で言いますとframe storyと言います。あるいは、Rahmenerzählungというドイツ語の術語もあります。
01:31 『デカメロン』
枠物語というのは何かと言いますと、例えば13世紀のイタリアのボッカチオは『デカメロン』という作品『十日物語』というんですけど、突然町を襲った黒死病(ペスト)から逃れた10名の人物が山の中に逃げて、そこの修道院で十日間避難している間に暇つぶしにみんなで面白い話を聞かせようという趣向。
ですから、10名が十日間、毎日一つずつやれば全部で百の物語これが『デカメロン』という意味になるわけであります。『デカメロン』は、百の物語、これを書きました。
02:14 『カンタベリー物語』
恐らくその影響だと思いますけれども、先ほど申し上げた14世紀のイギリスの詩人ジェフリー・チョーサー、この人物、1400年に亡くなっておりますけれども、この伝統に従って枠を作りました。
その枠は何かというと、毎年4月ごろになって、ロンドンからカンタベリーまで馬で旅をする巡礼者、これを主人公に仕立てて、各巡礼が往復に一つずつ話を聞かせる物語を書き始めました。ところが未完に終わってしまいました。いささかアンビシャスな企てだったんですね。
02:56 『カンタベリー物語』の狙い
その狙いは何かといいますと、社会の中の社会階層の王様一番上の王様と、一番下の乞食です、これを除くありとあらゆる社会階層から一人ずつ代表を登場させて物語も韻文のロマンスから始まって、散文の説教に至るまで多様な文体をいわば、英語の文体の百科事典のようにして用いたわけであります。
03:26 カンタベリー巡礼
敬虔なカトリックが、天国に行けるように聖地カンタベリーの殉教者聖ベケット(St. Becket)の社を訪ねるパック旅行は、人気を博しておりました。これは、歴史的な事実に基づいておりまして、12世紀に王様のヘンリー2世に逆らったトマス・ベケットというカンタベリーの大司教、これが暗殺されるんですね。カンタベリー修道院の中で、今その場所は社になっております。要するにこういう殉教者を訪ねるパック旅行、パック旅行という言葉はありませんでしたが、その当時は非常な人気を博していました。
04:14 『カンタベリー物語』の写本
その結果『カンタベリー物語』の15世紀に作られた写本というのは、今なお80以上現存しております。これも不思議ではありません。おそらく皆が喜んで、お金のある人は豪華に装飾された値段の高い写本を購入し、そしてそうではないジェントルマン階級ですと、人から借りたものを、全てとは言わず、いくつかの物語だけ転写すると、そういう形で流布していった訳でしょう。
04:47 ウィリアム・キャクストン
この状況に目をつけたのが、イギリス最初の印刷業者ウィリアム・キャクストンであります。キャクストンは、イングランドから大陸へ行きます。ブルゴーニュ公国で、その公爵夫人に貿易商人として、あるいは物知りの色んな話を知っている人物として、仕えているわけですね。
05:15 『トロイ歴史集成』
そのある時、『トロイ歴史集成』を英語で聞いてみたいものだ、と夫人から言われた。その公爵夫人は、イギリスの王様の妹なんですね。だから、政略結婚でバーガンディへ行っているブルゴーニュ公国に行ったわけですが、この夫人のために一生懸命慣れない仕事、要するに写本の転写というのをやる。
転写と言ったって、フランス語のものを英語に直すという仕事をやっていく。そうすると、だんだん目がくらんでしまう。要するに羊皮紙が白いので、それが眩しい、それから今度はずっとペンを動かして、羽ペンを動かして仕事していますから腱鞘炎になった。
05:46 キャクストンと印刷術
そこで聞いてみると、自分の住んでいる近くで印刷術という技術、これは人工的に書くArtificial way of writingというものを考案した人物がいて、それがどんどん広まっている。それを利用したら良かろうというので、彼は、今いろんな説があります。アントワープへ行ったとか、あるいはケルンへ行ったとか。
そういったところで印刷術を身につけて、そしてブルージュに帰って、そこで『トロイ歴史集成』を自分で英語に翻案して、それを印刷した。これが大体、1472年とか73年とか言われていますが、これが彼自身の最初の印刷本でありました。
慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクションへのリンク URL to the Keio D Collections
https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/incunabula/038(日本語)https://dcollections.lib.keio.ac.jp/en/incunabula/038 (EN)
06:52 グーテンベルク聖書
で、もうすでに15世紀の半ばにグーテンベルクが大きな聖書をですね、グーテンベルク聖書というものを2巻本で出しておりました。で、そこから始まって印刷術のテクニックそれから機材というものが、ヨーロッパ中に広まっていくわけです。まだイギリスには到達していなかったんですね。
07:21 キャクストンの目論見
で、それもキャクストンもよく知っていたんでしょう。これをうまく利用すれば、いい商売になるなと。彼はもともと商人ですから、そういう才覚が働いて1475年あたりにイングランドに戻ってくる。ロンドンに戻ってくる。
07:35 ウェストミンスター
しかし、ロンドンの市内には昔から伝統のある職人のギルドがはびこっていましたから、その中に印刷術の新参者として入るのは難しいだろう、ということもあったんでしょう。ロンドンと接している、ウェストミンスター。今、我々がロンドンに行けばウェストミンスターなんてのは、歩いて行ってすぐですし、これがロンドンとは違う政治的組織だというのは、ほとんど気がつかない。
いやいや、目のいい人はどこかの壁を見ますとThe City of Westminsterってちゃんと書いてある。「ウェストミンスターってロンドンとは違うCityなのか」。そういうふうに思われるでしょう。おそらく、そういう政治的な行政区画があって、ウェストミンスターであれば、仕事がしやすい。
ウェストミンスターにはご存知の寺院があります。そこの一角を借りてそこで印刷術を始めた。これがおそらく、1475年、76年あたりなんでしょう。
08:41 キャクストンの免罪符
グーテンベルクもそうでしたが、キャクストンも、まず簡単な印刷物で金を稼ごうということを考えます。
この当時としては、免罪符とか贖宥状とか呼ばれる、これを買っておけば、後で自分の罪が赦される、特に死を迎えて自分の罪が赦されるんだ、という文章がラテン語で書いてある。そしてbishop(司教)あたりが、サインをしたもの、これ免罪符というんですけど、免罪符という言葉はカトリックの人が嫌いらしいですね。
免償符か、あるいは贖宥状とか、少し難しい字で使います。英語でindulgenceと言いますけれど、これを一枚物の紙、ないしは羊皮紙に刷って市場で売る、というような仕事。そこから、金儲けが出来ると思ったに違いない。グーテンベルクもそれをやっています。それからキャクストンもやっています。キャクストンが印刷したindulgence(免罪符)もいくつも残っています。
09:48 キャクストンの仕事
それと同時に、グーテンベルクは極めて大きな聖書を2巻本で印刷した。これが、ヨーロッパにおける印刷術の初めだという風にされています。
キャクストンは、イングランドのウェストミンスターに帰って、そこで印刷工房を立ち上げ、最初にやった仕事がキャクストンの『カンタベリー物語』なのであります。これが1476年頃だろうと言われています。
慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクションへのリンク URL to the Keio D Collections
https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/incunabula/038 (日本語)https://dcollections.lib.keio.ac.jp/en/incunabula/038 (EN)
10:18 印刷年号について
何年頃という風に申し上げているのは、奥付という中に、何年何月に誰が印刷した、ってことが書かれていない場合がある。キャクストンの場合にも少し後になりますと何年の何月何日に印刷した、それが出てきますけれども、キャクストンの『カンタベリー物語』の場合には、初版も、それから再版第二版もそういった記述がありませんので、内的証拠から、あるいは、これをいかにして他の人々に読者に届けたか、そういったところからの推論によって年号が定められているわけであります。
10:58 現存部数
初版、及び第2版ともにかなり大きなフォリオ版です。
よく読まれたのでしょう、両方とも20部以下の現存部数であります。そして、私のところには初版については、たった1枚、ちょうど散文の部分です。
11:23 詩と散文で構成
『カンタベリー物語』というのは、基本的には詩が中心で、詩で書かれている場合がほとんどですけれども、2つの物語が散文であります。これも、散文。散文というのは、途中に切れ目がなくて、ずっと最後に行くという。
11:42 印刷ガイドレター+手書き
しかもこれお分かりになりますね。大文字の部分は、ガイドレターと言いまして、この場合にはCなんですが、Cという印刷文字が印刷されています。これはガイドレターです。
要するに、後になって印刷後、Rubricatorという職業の朱を入れる人が出てきて、そこで朱色のインクを使って、こう入れるわけですね。これCです、大文字のこれは手書きです。
12:12 木版の印刷大文字のみへ
少し経ちますとこれが木版の印刷、大文字になります。そういったような変化も、少しずつその普通の印刷本に近い形になる。
12:24 メディアの合体したもの
まだこれは、ここの部分はmanuscript(写本)、手書き写本のメディアとそれから印刷本という違う、全く違った新しいメディアの合体したものだということが言えるわけです。
これ、わずか1枚しかないんですが、私のところにありまして非常に貴重な一枚となります。これ1枚だけでも色々調べますと色んな面白いことがわかります。(第2回へ続きます。)
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