書物史講座 キャクストン版『カンタベリー物語』第2回

後半では、チョーサーの『カンタベリー物語』を取り上げて、初版(1476年)と第2版(1483年)の相違を探る。大陸から戻ったキャクストンがタイプ2という活字を用いて初版を組んだのに対して、第2版ではタイプ2は欄外見出しに、小さなタイプ4が本文の植字に用いられた。第2版にはカンタベリー巡礼の姿を挿絵に採用したが、職人が本文をろくに読まずに絵を描いたことは、バースの女房が馬に横座りに座っている事実で分かる。本文では男だてらに跨っているからである。ロザリオの使用など、細かい点に注目すると、面白い現象が見られる。

In the second half ot the talk, the first edition (1476) and the second edition (1483) are taken up for comparison,in terms of Caxton’s Type 2 for the first and Type 2 and 4 for the second edition.  In the latter, Canterbury pilgrimsare visualized, but the craftsman did not pay accurate attention to the text, which is detected in the case of the Wife of Bath. She is illustrated sitting on the horse sideways, while the text depicts her striding over it, showing her masculinity.

00:40 印刷活字の種類

この1483年の第2版はType 2とType 4が使われております。

Chaucer, Canterbury Tales, [Westminster: Caxton, 1483], imperfect copy, with an 18th century bookplate of Henry Bonham, De Ricci, 23. 現本への記録なし。初版後7年後に、新たな写本を基に、カンタベリー巡礼の木版画を入れて印刷した第2版。木版画はde Wordeの第3版に継承された。

Type 2はType 4より少し大きいんです。この場合には見出し語ですね、上のところにあるランニングタイトル(欄外表題)のところにThe Man of Lawe’s Tale (法律家の話)若干、下にあるTがありますので比較してみると分かるんですけれども、見出しのTは少し大きい。

で、できるだけ小さくしてたくさんのテキストを入れようというのが、もうこの頃キャクストンが意識したことだろうと思います。これ1枚だけでも色々調べますと、色んな面白いことがわかります。例えば印刷活字は、Type 2と呼ばれているもの。

Type 1は?というと、あのバーガンディで最初にブルージュで印刷した『トロイの歴史集成』、これに使った活字、これがType 1であります。その次にType 2となります。これがType 2の1476年。

(慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクションより使用許諾) ルフェーヴル 『トロイ歴史集成』ウィリアム・キャクストン訳
Raoul Lefèvre, Recuyell of the Historyes of Troye, trans. by William Caxton (Bruges: William Caxton, [1473?])

https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/incunabula/038https://dcollections.lib.keio.ac.jp/en/incunabula/038

https://dcollections.lib.keio.ac.jp/sites/all/libraries/uv/uv.php?archive=INC&id=038#?c=0&m=0&s=0&cv=0&r=0&z=-3033.2569%2C-263.4444%2C9714.5139%2C5268.8889

01:10 印刷年号推定の傾向

しかし、私が持っているこのガラスのケースに入ったもの、説明文のところには1478年とありますが、面白いことに年代が段々段々早く推定されるようになってきまして、現在では1476年、すなわち大陸から戻ってきたキャクストンが真っ先にやった大きな仕事のひとつである、ということでそういう年号が与えられております。この先、どうなのかは分かりません。

Chaucer, Canterbury Tales, [Westminster: Caxton, 1476], single leaf.
キャクストンがブルージュから帰国してウェストミンスター寺院の一画に設けた印刷所で印刷出版した第1号の印刷物。De Ricci, 22。零葉でも現存する例は少ない。

01:42 第二版の特徴

さて、第二版これも1484年という年号が与えられていましたが、最近は1483年であろうというふうに説明をされています。この第2版も現存部数は20部を下回ります。

登場人物が木版で挿入されているのが特徴ですね。ちょうど私のコピー、これは完全ではありません。

Chaucer, Canterbury Tales, [Westminster: Caxton, 1483], imperfect copy, with an 18th century bookplate of Henry Bonham, De Ricci, 23.

完本は完全なものは、オックスフォードのセント・ジョンズ・コレッジに一部だけ現存します。あとは全部、不完全本imperfect copyであります。いろんなところが抜けている。

02:31 バースの女房の木版画

私が持っているものもそうなんですが、特に今日はお見せしたいと思うのは、ここにあるThe Wife of Bath’s Tale(バースの女房の物語)ちょうどプロローグが始まるところです。The Franklin’s Taleが終わって、ここから始まるのがちょうど大文字でここから始まるよってことが書いてあるんですね。

チョーサー『カンタベリー物語』第2版、キャクストン出版、1483年、個人蔵
Chaucer, The Canterbury Tales, 2nd edition, published by Caxton, 1483, privately owned

Here endeth the Franklin’s Tale and followeth the Tale of the Wyfe of Bathe.and followeth the Prologue of the Wyfe of Bathe. The Wife of Bathの話が始まりますよという。

そしてThe Wife of Bathが馬に乗って巡礼姿で描かれています。これは非常に面白い木版画でありまして女性は何人かいます。カンタベリーへ馬で行く。例えば女修道院長とか。

このThe Wife of Bathもバースからやってきた女房、という意味ですが、馬に乗って一緒に出かけます。

Roman Baths & Abbey in Bath Spa city, England

ところが女性ですから馬に乗るときは、横座りなんですね。で、ここでも横座りであります。

しかし本文を見ますと、プロローグの中にあったと思いますが、女伊達らに大きなつば広の帽子をかぶって、そして馬には男と同じように跨って乗っていた、と書いている。

ということは、この版画を書いた人物は、テキストの内容とは全然関係のない絵を描いている。いや、誤った絵を描いた。そういうことが、よくあるわけです。

04:21 ロザリオ・数珠の描かれ方

それから、こういった初期の印刷本においては、使い回しをやるんですよね。この挿絵に関して言いますとね。

たまたまThe Wife of Bathはこれだけですけど、それからもう1つ注目していただきたいのは、彼女の右手のところ、肘から下に長くて大きなロザリオ数珠が掛かっています。この数珠というのは、敬虔なキリスト教徒だということを象徴する1つの道具であります。

ところが、他の例えばその前にあった写本を見ましても、数珠を持って馬に乗っているWife of Bathを描いたのは、1枚もない。これが最初です。

面白いことに、この『カンタベリー物語』の第2版に登場する巡礼たち、いずれも同じ芸術家が描いたと思いますけれども、例えばその前の話、The Franklin’s Taleなんかでもわかりますが、Franklinは手に持たないで、首のところから首輪のようにして首飾りのようにしてかけています。

よくよく調べますと、すべての登場人物カンタベリー巡礼ですが、数珠をかけています。これはThe Squire’s Taleに登場するThe Squire、Squireというのは騎士の見習いですね。まだ騎士になっていない人物、彼も首のところに数珠をまるで、パールの真珠の首飾りを着けているように描かれています。これは1483年のキャクストン版に顕著な一つの特徴です。

従来こんなものに関心を払う学者はいなかったですけれども、ポール・ニーダムというキャクストン学者プリンストン大学シャイデ・ライブラリーの図書館長、もう引退しましたが、彼はそれに目をつけてこのCanterbury pilgrim(カンタベリー巡礼者)たちのロザリオだけ集めてきて、研究論文を書いています。たまたま、私が60歳になったときに皆さんから頂戴した記念論文集(Festschrift)の中に、ポール・ニーダムはToshi Takamiyaのためにこれを書くと言って、縷々新しい観点からの解説をしております。こういう面白い点が見られる訳ですね。

Paul Needham, ‘The Canterbury Talesand the Rosario: A Mirror of Caxton’s Devotions?’, The Medieval Book and a Modern Collector: Essays in Honour of Toshiyuki Takamiya, ed. by Takami Matsuda , Richard Linenthal, and John Scahill, Cambridge: D. S. Brewer, 2004, pp. 313-356
ポール・ニーダム「『カンタベリー物語』とロザリオ:キャクストンの信心の現れ?」、松田隆美・リチャード・リネンタール・ジョン・スカヒル編『中世の書物と現代のコレクター:高宮利行祝賀論文集』、ケンブリッジ:D. S. ブルーア社、2004、313ー356ページ

06:49 ピープス旧蔵本のファクシミリ

それから、ひとつファクシミリを持ってきております。同じThe Canterbury Talesのセカンドエディションの写真版、非常にいい写真版です。これは製本も現在のこの、そのままの形でありまして、これを見ますとサミュエル・ピープスの紋章が扱われております。

チョーサー『カンタベリー物語』第2版、キャクストン出版、1483年 (ケンブリッジ大学モードリン・コレッジ、サミュエル・ピープス図書館蔵、ファクシミリ、1976年)
Chaucer, The Canterbury Tales, 2nd edition, published by Caxton, 1483 (Samuel Pepys Library, Magdalene College, Cambridge, facsimile, 1976)

サミュエル・ピープスといえば、17世紀の大古書コレクター、それからイギリスの海軍を作るのに非常に功績のあった人物の一人であります。そして、自分のコレクション3000冊持っていたそうですが写本、あまり写本はないですけども、Ballad(俗謡)なんかありますね。

サミュエル・ピープス Samuel Pepys

多くの印刷本3000点のコレクションを、すべてピープス図書館に遺贈してあの世へ行っております。ですから、なかなかこの中に入って仕事するのは難しいですね。確かオープンになるのは、1日に1時間しかないはずです。あとは図書館長と特別な関係にならないとなかなか入れてもらえないですけれども。

Pepys Library /noone in front of Pepys Library, Cambridge University.

その中にピープスがおそらく読んだのでしょう。非常に素晴らしい写真版として、キャクストンのセカンドエディションが作られております。これはちょうど1976年キャクストンの印刷500年、それを記念して作られたものの1つであります。

そしてこれを見ますと、book plate(蔵書票)が貼ってありまして、これはピープスですね、カツラをかぶった。

サミュエル・ピープスが有名なことに日記を書いておりますね。非常に私的な日記で、教会へ行って女の人にいたずらしたとか、そういうことも赤裸々に書いている。ですから秘めたる『ピープス氏の秘められた日記』というのが岩波新書で出ておりますけど、そういうこと関心がおありの方はどうぞご覧ください。この人物が持っていた。

で、これは完本ではありません。perfect copyではありません。2枚ほど足りない。そこで、これは足りない部分は、オックスフォードのセント・ジョンズ・コレッジから写真版をもらって入れてある、そういう形のものですね。

09:18 高宮蔵第二版の特徴

一方、私が持っておりますものは、もっと色んなところで不完全度が高いんですよ。その結果、例えばここはThe Merchant’s Tale、商人の物語のプロローグですね。ここに始まるんですが、こっちはいいんです、これはキャクストンが印刷したもの。ところが次のリーフ(零葉)が完全に欠けてるんです。

チョーサー『カンタベリー物語』第2版、キャクストン出版、1483年、個人蔵
Chaucer, The Canterbury Tales, 2nd edition, published by Caxton, 1483, privately owned

で、欠けている部分は裏表。

これは1532年のウィリアム・シンのエディションから切り取ってですね、可哀想に1532年だってそんなに簡単には入手できないんですけど、それを入手した人物が、これを切り取って貼っている。で、貼るにあたっては恐らくちゃんとした見本があって、それに合わせるようにして行数もなんとか同じページに入れてるという、そういうやり方で、ファクシミリを作っております。

William Thynne, ed., The workes of Geffray Chaucer newly printed, with dyvers workes which were never in print before,1532.
ウィリアム・シン編『ジェフリー・チョーサー著作集、未出版のさまざまな作品を含み、新たに印刷された』、1532

10:22 印刷活字Type2、Type4

それから先ほど申し上げるのを忘れたかもしれませんが、初版は活字がType 2なのです。

ところがこの第2版、1483年の第2版はType 2とType 4が使われております。

Type 2はType 4より少し大きいんです。この場合には見出し語ですね、上のところにあるランニングタイトル(欄外表題)のところにThe Man of Lawe’s Tale (法律家の話)、若干、下にあるTがありますので、比較してみると分かるんですけれども、見出しのTは少し大きい。

で、できるだけ小さくしてたくさんのテキストを入れようというのが、もうこの頃キャクストンが意識したことだろうと思います。そういう違いがちゃんとあるっていうのも、お調べになるのも面白いなと思いますね。

11:17 ガイドレターWの特徴

それから、依然として大文字で始まるところは、手書きなんです。

これはWなんですが、このWは非常に面白いことに、こうUを2つ重ねてこんなような形で、これでWと読ませる。

で、もう少し我々に馴染みの深いWの書き方もしてまして、ロッテ・ヘリンガはその違いによってRubricatorが違っていたんだろう、という仮説も立てております。で、ありとあらゆる面白いことがこういうところから発見される、これを1つお伝えしたいというふうに思います。

(第3回に続く)

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