キャクストン版ボエティウス『哲学の慰め』

6世紀の哲学者ボエティウスが獄中で著したラテン語の『哲学の慰め』は、中世から近世にかけてよく読まれた名作である。英国ではアルフレッド大王が古英語に翻訳させ、チョーサーは中英語で翻訳した。エリザベス一世も英訳した。キャクストンはチョーサーの本文を1478年頃に印刷した。

現存部数は少なく、完本はオクスフォードのモードリン・コレッジにのみ所蔵されている。ラテン語と英語で印刷されたキャクストン本はフォリオ判だが、奥付がない。

私蔵本には、かなりの欠葉があるが、製本はウェストミンスターのキャクストン工房の近くにあった製本所で行われた珍しい現存本で、今も前小口には留め金と受け口が残る。革の空押し製本だが、鏝のデザイン(ディヴァイス)がほとんど摩耗しているのが惜しい。

The 6th-century Philosopher Boethius’ Consolatione Pholosophiae, written in Latin in prison, was one of the masterpieces well read from the Middle Ages to early modern age. In England, for example, King Alfred the Great had it translated into Old English, while Chaucer put it into Middle English, and Queen Elizabeth in early Modern English.

Caxton printed Chaucer’s version about 1478, soon after he settled down in Westminster. Caxton’s Boethius or Boece is exant in a few copies only, all of which are imperfect, with the exception of the uniquely perfect copy now at Magdalen College, Oxford.

It was Chaucer’s version printed in Latin and English, and in folio, but it had no colophon. My own copy, very defective, was bound in Caxton’s workshop or nearby, with the clasp and catch still intact. Some original blind stamps still remain, but the devices are regrettably worn out.

00:24 The Consolation of Philosophy

さてもう1つは、ボエティウスのテクストです。

ボエティウスは6世紀初め頃のイタリアの哲学者といいますか、思想家と言いますか。

Anicus Manlius Severinus Boethius, probably by William Faithorneline engraving, 1650s-1680s (National Portrait Gallery, London)

『哲学の慰め』De consolatione philosophiae、The Consolation of Philosophy、『哲学の慰め』と訳されますが、ラテン語で書かれたもので、これは非常にその当時から影響力の多いテクストでありまして、で、イギリスで言いますと、アルフレッド大王も古英語に訳させています。それからチョーサーによるものが14世紀に翻訳された、そういうテキストもあります。

Monument of king Alfred the Great of Wessex, located in Winchester, Hampshire, England
Geoffrey Chaucer, after Unknown artist, oil on panel, late 16th century, based on a work of 1400, NPG 532

01:16 キャクストン印刷

私が手に持っているのは、そのチョーサーが英訳した、ですから14世紀の英語にしたボエティウスのテクストを、キャクストンが1478年ごろ、要するにブルージュからウェストミンスターに戻って、印刷工房を始めて2年ぐらい経ったところで、彼が印刷出版したものであります。

非常に立派なフォリオ版で印刷されているというのがわかります。

Boethius, The Consolation of Philosophy, translated into English by Chaucer, 1st edition, imperfect: [Westminster, 1478]

で、これはラテン語とそれから英語の組み合わせで出来ておりますので、そういったようなところには朱が入っている。Rublication(朱書き)が入っているということがお分かりいただけると思います。

テクスト自身は、ロビンソン版のチョーサーのテクストの中にきちんと入っておりますから、それをご参照いただきたいのですが、私がこの手にしているコピーはかなり欠葉があるものです。

大英図書館には確かこれ3部あったと思いますが、オックスフォードのモードリン・コレッジが持っているものが、唯一完全な perfect copyだというふうに言われています。

The British Library
Magdalen College, Oxford

02:33 当時の製本

私が持っているこのcopyは、欠葉が多いんですけれど、非常に重要な特徴がひとつあります。これはその当時のbinding(装丁)なんですね。ですから15世紀末の製本だ。

そして木の上に革を貼って、その革の上にですね、今はもうボロボロになってしまったんですけれどBlindstampと言いまして、空押製本、それを施したもの。

03:05 claspとcatch

ちゃんとこの本をですね、きちっと締めるためにclaspそれからcatchという、締めるとこういう音がします。こういう形で締めておくと、そうすると虫も入りませんし、熱なんかの影響も受けないということになります。

clasp

03:28 キャクストン国際学会

これ、私は1976年にロンドンで行われたキャクストン国際学会、その時にこれを持ち込んで色々な人に見てもらいました。

ちょうどその時、Caxton’s binder キャクストンの工房にいた、あるいはその工房の隣ぐらいにbindery製本所があって、顧客が買ったものをそこで特別に革で製本する。そういう場所があったわけですね。これは非常に重要なことなんですね。

04:02 書物の製本方法

当時から18世紀の終わり、あるいは19世紀の初めくらいまで、書物というのは印刷した後、すぐには製本しないんです。製本してあるのは見本で、製本所に行って「これと同じようなふうにしてください」って頼むための見本しかない。

ですから未製本のunbound sheetsのまま購入する。

印刷所の中か、あるいは隣にある製本所へ持っていって、そこで自分の好きな製本にしてもらう。場合によっては豪華に装飾を加えて、かなり高価な書物になる。それが普通なんです。ですから、外側は現代の本と違ってそれぞれのcopyでもって顔が違います。これはとっても重要なことなんですね。

04:50 19世紀以降の製本

で、現代の本はこういうふうにwrapper(表紙)までかけてあって、図書館に行っても、あるいは本屋に行っても、同じ顔で出てきますが、この習慣が始まるのは、機械で製本ができるようになった19世紀の1830年ぐらいから後。

それ以前は、全部一冊ずつ別々に製本する。ですから、未製本シートのまま持ち込まれたものを製本して、このような形にする。

裏表紙

05:21 Howard Nixon

で、その先ほど申し上げた1976年のキャクストン国際会議、そこでキャクストン専属の製本師がいた。Caxton’s binder、その人について、その人の作品について発表したのが、当時大英博物館あるいは大英図書館というようになりますが、そこの製本部長だったHoward Nixonという有名な研究者、学者でありまして、この人がスライドを使って発表しました。

06:04 装丁の現状

彼にも私のこれを見てもらいました。非常に面白いものだ、という結論なんですが、困ったことにコンディションが非常によろしくない。外側に革を貼ってそこに、空押しの製本をやったという跡はあるんですけれど、どういうディバイスが、どういうコテが使われていたかというのは、はっきりしない。残念なものであります。

コテの一例

しかしこのような形で21世紀にまでちゃんと伝わっているということで、貴重な資料になっていると思います。

私の記憶が正しければ、もう1冊ボエティウスは日本に入っていると思います。ある東京近郊の大学図書館にあったかと思います。そんなような情報をお伝えして、今日のお話はこれまでとしたいと思います。

ご静聴ありがとうございました。

キャクストン版『世界の鑑』

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