小さな本 Pocket edition Poor Man’s Bible, Macrobius, Aldus, Vitruvius

フローベンのラテン語聖書は、1491年バーゼルで出版された。「貧者の聖書」とあだ名された8折本で、1495年には第2版が出版された。神学生や諸国を行脚しながら説教する僧侶に用いられた。グーテンベルクの42行聖書以降で、フローベン版は最小の聖書である。大陸で読まれた現本が1520年ごろ英国に入って、英国人所蔵者によって、「外的なモノよりは心の内的なものに注意を向けよ」の一文が題扉に記された。原本は19世紀に再製本された。

The Latin Bible, often called as ‘Poor Man’s Bible,’ was published by Johann Froben in Basel, and the second edition followed in 1495. It was the smallest in size. The present copy was imported to England c. 1520, when an English owner left an inscription at the top of the title-page, suggesting that one ought to turn to the inner side of the heart rather than the outer side. The present one was rebound in the 19th century.

15世紀ヴェネツィアの印刷業者で出版人だったアルドゥス・マヌティウスは、イタリック体を導入し、ポケット版の出版で大成功を収めた。マクロビウスの『スキピオの夢』註解は、中世の夢物語の解説書としてよく読まれた。現本の背に1517と金箔押しされているが、1528年に出版された。錨にまとわりつくイルカを描いた有名な、題扉や書物の掉尾にも印刷されている。欄外にインクで施された夥しい注釈は化学溶剤を用いて徹底的に洗われているが、これを行ったのは、ジェームズ・エルウィン・ミラード(神学博士、1824―94、蔵書票参照)だったと思われる。19世紀半ばの再製本の時だった。

Aldus Manutius was a successful Venetian printer and publisher of pocket editions, using italic type, which he devised. Macrobius’s Commentary on Scipio’s Dreamwas a famous discourse on dream vision. Despite the date of 1517 on the spine, the present edition was printed in 1528. It bears the printer’s device of the dolphin and the anchor. The abundant marginalia were washed systematically, which was presumably executed at the time of disbinding before rebinding in the mid-19th century probably by the owner, James Elwin Millard, D.D. (1824-94).

1513年フィレンツェで出版された8折本のウィトルウィウス著『建築論』は、その最初の挿絵入り版の最初のポケット版である。円と四角に囲まれた有名な裸体像は、後にダヴィンチの「ウィトルウィウス的人間」に変貌した。見返しには15世紀の宗教写本の断片が用いられ、製本はフィレンツェの同時代のモロッコ革の空押しである。

This is the first pocket edition of the first illustrated edition of Vitruvius’s Architectural Treatise, in italic. Florence: Giunta, October 1513, octavo, contemporary Florentine morocco. The hand drawn arms in the escutcheon incorporated in the title border is that of the Parentucelli family. From E.P. Goldschmidt, catalogue, no. 147.

00:31 インキュナビュラ

こんにちは、高宮 利行です。

今日はグーテンベルクが始めた活版印刷の大事業、15世紀の半ばに始まりましたが、だいたい15世紀の最後の半分、要するに50年間ぐらい。その間に印刷された活版印刷の本はインキュナビュラと呼ばれますインキュナビュラというのは、もともと「おむつ」という赤ちゃんが身に着ける「おむつ」という意味であります。要するに、揺籃期の本。そういう意味でインキュナビュラという名前がついております。

The 42-line Bible ([Mainz]: [Printer of the 42-line Bible (Johann Gutenberg)], [c. 1454-55])
https://dcollections.lib.keio.ac.jp/sites/all/libraries/uv/uv.php?archive=GTB&page=5#?c=0&m=0&s=0&cv=4&r=0&z=-4100.6944%2C-344.4444%2C12701.3889%2C6888.8889
慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクション

1:21 ポケット版

で、本のサイズがですね、大きな二巻本のグーテンベルク聖書から始まって、段々小さな普通のフォリオ判のものになり、最後に1491年にバーゼルのヨハン・フローベンという人物が印刷したこの聖書、これでも聖書です。ポケット版です。そして、ポケット版というにはちょっと大きすぎるんですね。

Latin Bible: Biblia Integra, 2nd ed., [Basel: Johann Froben, 27 October, 1495], 8vo., complete, with early English provenance of c. 1520, bound in 19th-century red straight-grained morocco, red edges. Froben’s ‘Poor Man’s Bible: Goff B598. Complete copies are rare, the British Library copy being substantially incomplete.
ラテン語聖書、ヨハン・フローベンの「貧者の聖書」第2版、8折本、バーゼル、1495年10月出版。1520年ごろの英語註釈あり、19世紀の製本。完全本。Goff B59Macrobii8.

1:49 Poor Man’s Bible

これが入るマントと言いますと、相当ダブダブのマントでなくてはいけないわけですが、それは誇張された表現で、普通これはPoor Man’s Bibleという形容詞が付いています。要するに、貧者の聖書。お金が十分なくて、大きなフォリオ版の聖書を買うことができなかった学生たちが持っていたもの、あるいは1箇所から次の場所に移動しながらお説教する宗教関係者、こういう人たちが持つものだろうという風に言われていました。

1491年に初版が出ました。今日、私が持ってきているのは、4年後の1495年に出版された第2版であります。そして、これは出版されてしばらくたって、恐らく10年か20年後にはイギリスに運ばれました。それがわかるのは、最初のですね、タイトルページが入っているところの上の方に、英語、下の方にも、なんとか読める、読むことができる英語でテキストが書かれているんですね。

3:21 marginalia(欄外注釈)

で、どんな内容かというと「外的なことは軽蔑し、そして自分の心を内的なものに関心を持つように仕向けなさい」というような一つの宗教的なモットーが書かれている。これが英語で書かれております。ということは、イギリス人の読者がこれを購入して読んでいたんだ、ということがある程度類推できるわけであります。そして、ところどころに入っておりますmarginalia 欄外の注釈といいますか、あるいは覚書といいますか、そういう中にも英語が見られます。ですから、これはイギリス人によって読まれたものだ。

この小さいサイズのものまで生まれた。これがポケット版なんですね。これは極めて重要なことです。

3:39 ポケット版のサイズ

で、ポケット版と言いますのは、大体皆さんが日ごろお使いの葉書ですね。葉書と同じぐらいの大きさ、ご覧ください。ちょうどぴったり本が隠れます。これがポケット版と言われるもので、これがかなり分厚いものですね。

それから、もう一つここに持ってまいりましたのは、あの有名なアルドゥスというヴェネチアの印刷業者がシリーズで始めたポケット版です。これの1冊。

4:23 イルカと錨のマーク

アルドゥスの著作にぴったりの製本のマーク、有名なマークですね。御存じの方は多いと思いますが、このイルカがですね、錨に巻き付いている。これは「急がば回れ」という日本語の諺にあるように、あるいは「慌てず、ゆっくり」。そういうラテン語のモットーをそのまま彼のマークに使ったものだ、というふうに言われています。

要するに、イルカというのは、魚の中で最も速い動物。それから錨というのは、船を停泊させるためもの動かないわけですね。ですから、非常に速く動くものと全く動かないもの。その錨にイルカがまとわりついているという。これを商標としたのが、アルドゥスであります。

Macrobii In Somnivm Scipionis ex Ciceronis, etc., with Aldus’ printer/publisher’s device on title-page and rear of the book, and binding (19th century), printed in italic, 8vo., Venice: Aldus, April 1528, with the bookplate of James Elwin Millard, D.D. (1824-1894, recorded in British Armorial Bearings) on the front pastedown. See William Harris Stahl, Commentary on the Dream of Scipio by Macrobius, tr. with an introduction and notes (New York: Columbia University Press, 1952; 1990), p.62
マクロビウス『スキピオの夢について』、アルドゥスのイルカと錨の商標が、表表紙・裏表紙(19世紀)と題扉、書物の掉尾にあり、本文はイタリック体の印刷、8折本、ヴェネツィア:アルドゥス、1528年春に出版、19世紀の蔵書票を持つジェームズ・エルウィン・ミラード(1824−94)が製本させた。三方金

5:19 マクロビウス

これは、マクロビウスというラテンの作家が書いた『スキピオの夢注解』という作品についての注釈書です。そして、その最初のページのところに、先程お見せした製本の商標と、全く同じ錨にイルカが絡んでいる。こういうマークが印刷されておりまして、そのちょうど真ん中のところに、アルドゥスと自分の名前を刻んでいます。

5:46 イタリック体活字の採用

アルドゥス版のポケット版。これの特徴は、彼はイタリック体というものを活字に採用しました。その結果、非常に読みやすく、なおかつ小さな文字でもうまく組むことができる。そういうものとして、その後ずっと使われるようになったわけであります。それまではローマン体、それから北方のドイツ語圏なんかでは、花文字を使った、かなり読みにくいゴシック体が使われていたわけです。ヒューマニストたちはそれを嫌いまして、イタリック体を使うようになりました。

たくさんの挿絵が入っています。極めて美しいコピーですが、問題がない訳ではありません。

6:34 washed copy

実はですね、所々に、見えますでしょうかね、欄外注釈が施された跡があるんですが、これが全部化学溶剤でもって、きれいに洗い落とされています。要するに、これはwashed copyといいます。で、表面を洗ってしまいますと、見た目の力強さがなくなってしまう。そして、腰が弱くなるというふうに言われています。

では、そのwashingですね。いつwashed copyにしたのかというのを考えますと、どうもこの製本を施した時期と関係ありそうです。この製本、背中にはマクロビウスとあって、アルドゥス 1517年、と書いてあります。ということは、16世紀の初めに印刷され、そしてそこで製本されたものだ、という風に考えがちですが、恐らくそうではないです。

これは19世紀の初め、ないし中頃に製本されたものだろうと思われます。その時に、全部ばらして古い製本を捨て去り、それから印刷ページの欄外にあった注釈を全部溶剤で落としてしまった。その結果、これはwashed copyという形になるわけです。

そして製本をきちっとして天、地、それから前小口、全てのところに金箔を施しております。ですからall edges giltという言葉で使われるわけですね。

それから、この最初のページ開けますと、非常に細いデザインの手漉きのマーブルペーパーが使われています。これも恐らく19世紀の初めの手漉きのマーブルペーパーだろうと思います。その上に、ジェームス・エルウィン・ミラードD.D.とありますから、神学博士であったこのミラードという人物。この人物が持っていた蔵書票が貼られているという1冊であります。

このミラードという人物は、調べてみますとBritish Armorial Bearingsという参考書に出ておりまして、1824年に生まれて、1894年に70歳で亡くなった人物、イギリス人だということがわかるわけであります。

9:29 ウィトルウィウス『建築論』

それから、もう1冊持ってました、これ。これはですね、かなり古い製本です。で、色々な面白い二重の円の空押しを押してある。イタリアでよく使われたコテのデザインであります。これは、本は何かと言いますと、ウィトルウィウスの『建築論』、有名な本でありまして、これは、地中海の諸国では非常によく読まれた、建築に関するテクストであります。

9:42 Vitruvian Man

で、この本が有名になったのは、実は幾何学的人間と呼ばれていますけれど、人間の肉体的なバランスっていうのが、非常にきちっとした円とそれから四角の中に入り得るということを示した事で有名であります。第3巻の中に入っております。非常に稚拙な絵でありまして、それを元にして、例えばレオナルド・ダヴィンチが、その後でこういう有名な「ウィトルウィウス的人間」、という絵を描いております。

Vitruvian Man ウィトルウィウス的人体図

10:21 はがき大の大きさの木片

で、いずれのこの本も、大体同じぐらいのサイズの本です。三巻に並べますと、ぴたっと収まります。大きさは、私どもが普段使っているはがき大。はがきがぴったり入ります。こうやると、ちょうど上手く重なるという、そういう風にできております。

実は、このはがき大の大きさって重要でありまして、ローマ軍がブリテン島に攻め入って、スコットランドとイングランドとの境界にある、スコットランドの中にまでは入れなかったんですね、ローマ軍は。寒すぎてとてもじゃないけれど、裸足やサンダルでは駄目だということがわかるわけです。

その辺り、特にヴィンドランダという有名な要塞がローマによって作られているんですけれども、そこで発掘された、ですから、紀元前3世紀とか4世紀あたりの木片。

Steel Rigg, United Kingdom – 17 June, 2022: aerial view of the historic Roman auxiliary fort of Vindolanda near Hadrian’s Wall in northern England

これが、ちょうどここにお見せしているはがきと同じぐらいの大きさ。で、これにインクとペンで字を書いて、そして端を穴をあけて何枚か閉じる。そしてそれを手紙として、あるいは日記として用いたという記録があります。ロンドンの大英博物館に行きますと、そういうコーナーがあります。私はイギリスに行くたびに、そこを訪れて新しい資料が入ったかどうか、それを見に行くのが非常に楽しみなわけですけれども、基本は黄金分割でできた、縦と横とのバランスが非常にうまく取れた木片を使っている。

https://www.britishmuseum.org/collection/image/33854001
Wooden writing-tablet from Vindolanda;Birthday invitation to the commander’s wife;Gwahoddiad pen-blwydd i wraig y comander (The British Museum)

その伝統がこういう15世紀あるいは16世紀初めのヨーロッパにおける活版印刷の本にまで採用されているという、非常に面白い様相を呈していると思います。今日はその辺にしたいと思いますありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました