アーサー王物語 第7回「集大成」

ブリテン諸王の系図 00:26〜

ブルータスにはじまるブリテン諸王の系図にアーサー王を含めることは、ブリトン人の年代記にアーサー王の事績が入って以来当然の成り行きであった。

An illustration of Brutus and the death of Caesar in the old book Shakespeare, by N. Kozhevnikov, 1894, Moscow

とりわけ薔薇戦争で国内が二分された15世紀のイングランドでは、王権を主張する際に、先祖がブルータスやアーサーに遡ることを示すために多くの系図が制作された。

Tudor rose vector isolated icon. Traditional heraldic emblem of England. The war of roses of houses Lancaster and York.

ヘンリー7世は母親マーガレット・ボフォートの祖先がウェールズの貴族であったために、自分とアーサー王を結びつける策略を巡らせた。

ヘンリー7世 Henry Ⅶ
Lady Margaret Beaufort (1441/1443-1509) on engraving from 1838. Mother of King Henry VII and grandmother of King Henry VIII. Engraved by W.H.Mote and published by J.Tallis & Co.

第二のアーサーは現れたか 01:40~

ウィンザーではなくキャメロット宮廷があったとされるウィンチェスターで生まれた長男に、アーサーと名付けたのもその1つで、宮廷詩人たちはこぞって「第二のアーサー現る」と詠ったのだった。

本来ならヘンリー7世の長男アーサーが、ヘンリー7世の跡を継いでアーサー1世となるはずだったが、彼は生まれつき身体が弱かった。そしてキャサリン・オヴ・アラゴンというスペインの王女と政略結婚したが、すぐアーサーは死んでしまった。

プリンス アーサー Prince Arthur
キャサリン・オヴ・アラゴン Catherine of Aragon

そのままキャサリンをアラゴンに帰すわけにはいかないと、ヘンリー7世は、次男ヘンリーとキャサリンを強引に結婚させた。これがヘンリー8世で、自身の離婚問題からカソリック教会を離れ、英国国教会を樹立するなど、後のイギリスの歴史に非常に大きな影響を与えた人物だった。

ヘンリー8世 Henry VIII (1491-1547) on engraving from 1838. King of England during 1509-1547. Engraved by W.T.Fry after a painting by Holbein.

系図写本の例『ポリクロニコン』

Takamiya MS 43: Polychronicon · Yale University Library Online Exhibitions
TAKAMIYA MS 43イェール大学バイネッケ稀覯書図書館所蔵、高宮写本43番、ラヌルフ・ヒグデン著『ポリクロニコン』より

http://exhibits.library.yale.edu/files/original/20131f2018eb0164141b0a0e4e827a3d.jpg


ヒグデンが14世紀に著したラテン語の『ポリニコン(万国史)』は人気を博して、多くの言語に翻訳され、15世紀末以降は印刷本で人口に膾炙した。15世紀前半に英国で制作されたこの写本は、潤沢な余白を利用して挿絵や注釈を施してある。その原型は、当時流行った英国王の系図巻子本(最初は聖書のアダム、或いはブルータスから始まる)の形式にあった。


The Polychronicon, a lengthy account in Latin of the European history which Ranulph Higden wrote in the 14th century, was widely disseminated in many languages in manuscript and later in print. The present manuscript was made c.1425-1450 in a metropolitan workshop, in which genealogical rolls of English kings, tracing back to Adam or to Brutus, were abundantly produced.  They were very popular during the time of the Wars of Roses, as a means of political propaganda.

マロリーの『アーサー王の死』 03:27~

犯罪歴のある15世紀後半のサー・トマス・マロリーは、獄中で英仏の原典を用いてアーサー王一代記を完成させた。1934年に発見されたウィンチェスター写本は自筆原稿ではなく、2人の写字生が転写した紙の写本である。『アーサー王の死』は近世の槌音が聞こえる時代に、凋落していく騎士道社会へのノスタルジアが見られる。

サー・トマス・マロリー著『ウィンチェスター・マロリー』、EETS, 1976:大英図書館アディショナル写本59678の復刻本。写本は1480年代に転写された。N.R. ケアの序文付き
Sir Thomas Malory, The Winchester Malory, ed. by N. R. Ker, EETS, 1976: a facsimile of London, British Library, Additional MS 59768. The manuscript was probably copied in the 1480s.

キャクストン印刷 04:21~

英国最初の印刷業者ウィリアム・キャクストンは、写本を編集して1485年に『アーサー王の死』を出版した。その後重版されたが、1634年以降は長い間出版されなかった。

サー・トマス・マロリー著『アーサー王の死』ウィリアム・キャクストン出版、1485、ポール・ニーダムの序文付き。ピアポント・モーガン図書館所蔵の復刻版、スコラー・プレス、1976年
Sir Thomas Malory, The Morte Darthur, published by William Caxton, 1485, with an introduction by Paul Needham: a facsimile of the copy at the Pierpont Morgan Library, Scolar Press, 1976

『アーサー王の死』の大団円 03:27~

物語のアーサーは、息子で甥でもあったモードレッドを闘って、瀕死の重傷を負い、妖精の島アバロンに運ばれて、妖精の女王らに見守られて、眠る。ブリトン人が再び危急存亡の秋を迎えるまで。19世紀末、画家バーン・ジョーンズはこの主題で大きなタピストリーを製作した。

エドワード・バーン=ジョーンズ『アヴァロンのアーサー』(1881ー98)油彩
瀕死の重傷を負ってアヴァロンの島(リンゴの島)に運ばれて、看護されるアーサー王
出典 マーティン・ハリソン+ビル・ウォーターズ共著『バーン=ジョーンズ』(1974)
ソールズベリー平原の草むら Sainfoin (Onobrychis viciifolia) waving in the breeze and growing in the chalk grassland on Salisbury Plain Wiltshire UK

アーサーの最後の闘いは、イングランド南西部のソールズベリー草原であった。休戦交渉の合間に、叢から現れた蛇を切り払うため騎士が抜刀した瞬間、運命の戦いのきっかけとなった。まるで、米露冷戦下の交渉でブラックボックスの誤操作によって核戦争が起こる可能性があった事実を、想起させるように。

騎士道の指南書 08:56~

平和が続く江戸時代に、戦いを旨として存在する武士道が翳りを迎えると、侍の倫理綱領として「葉隠」が現れたように、中世の秋を迎えた騎士階級のため『騎士道の掟』が書かれ、キャクストンが印刷した。彼を尊敬する19世紀のウィリアム・モリスは、私家版で再版した。

『騎士道の掟』ウィリアム・キャクストン出版、ウィリアム・モリス、ケルムスコット・プレス、1893
The Order of Chivalry, published by William Caxton, and printed by William Morris, Kelmscott Press,1893

16世紀のアーサー王伝説 09:22~

エリザベス1世の家庭教師だったロジャー・アスカムが『学校教師』の中で非難したように、16世紀の人文主義者たちは騎士道精神を否定した。急速に衰退した騎士道は、セルバンテスの『ドン・キホーテ』では揶揄の対象となり、騎士ロマンスを読みすぎた主人公が、羊の群れに槍を突き立てる場面が描かれた。

エリザベス1世 Elizabeth I
ロジャー・アスカム Roger Ascham
ロジャー・アスカム著、W. A. ライト編『英語作品集』ケンブリッジ大学出版局、1904、復刻1970:『学校教師』を含む
Roger Ascham, English Works, ed. by William Aldis Wright, Cambridge University Press, 1904, reprinted 1970: The ScholeMaster is included

ミゲル・デ・セルバンテス Miguel de Cervantes Saavedra
『ドン・キホーテ』イメージ

ミルトンとアーサー王伝説 10:56〜

17世紀の英詩人ジョン・ミルトンは、英国には建国叙事詩がないことを憂えて、アーサー王を主人公とする企画を模索したが、長年の調査の挙句出版した『ブリテンの歴史』(1670)では、アーサー王実在説をはっきり否定した。

by William Faithorne, line engraving, 1670
ジョン・ミルトン『ブリテンの歴史』、1570:アーサー王実在説を否定
John Milton, The History of Britain, 1570

忘れられた伝説 11:35〜

16−18世紀にはアーサーを主人公にした文学作品は生まれなかった。せいぜい、アーサーを主人公とするバラッド(俗謡)が流布したぐらいである。小型の暦で、British Merlinと称する本がよく売れたが、これは預言者マーリンの名前を用いたものだった。

トマス・パーシー『古代英語詩拾遺集』第3版、第3巻、1775, p. 37ff: アーサー王に関するバラッド
Thomas Percy, Reliques of Ancient English Poetry, 3rd ed., vol. 3, p. 37ff. 

アーサー王伝説 再生リスト

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