00:00 イントロ、今回の内容
ロクスバラ公爵の死後行われた競売が記録的な売上高に達したのを記念して、ディブディンの主導で発足した ロクスバラ・クラブは今日に至るまで、優れた出版物を世に問うてきた。
The 42-day-long auctions of the library of the deceased John the third Duke Roxburghe, held in 1812, resulted in the unprecedented sales record, which stimulated the formation of the Roxburghe Club, led by Thomas Frognall Dibdin. Still in existence, the club of about 40 members only has published important books, facsimiles, etc.
1812年に行われた第3代ロクスバラ公爵の蔵書競売が類を見ない高額な販売実績を挙げたのを契機に、書誌学者トマス・フログナル・ディブディンの主導により、ロクスバラ・クラブが誕生した。40名ほどの会員からなるクラブは、現存する出版倶楽部の嚆矢として、重要な印刷物やファクシミリなどを会員の経費負担で出版してきた。
00:26 出版クラブのパイオニア
今日はイギリスの19世紀の初めに始まったロクスバラ・クラブ、出版クラブのひとつですが、そのパイオニアと言えるロクスバラ・クラブについてお話をしたいと思います
00:55 ディブディンの『書物狂』
18世紀がサミュエル・ジョンソンを中心とする文芸クラブの黄金時代だったとしますと、19世紀は「書物狂」、bibliomaniaという言葉を作り出してブックコレクター、蒐集家、愛書家を一生懸命鼓舞して高いお金でいい本を手に入れるという、そういう一種の動きをした人物がおりました。
トマス・フログナル・ディブディンという人物。この人物はスペンサー伯爵の図書館司書をやります。そして書物業界にたくさんの友人がおりましたのでそういう人たちを集めて、一つのクラブを作ろうと言う狙いがかなり以前からあったようですね。
1809年に先ほども申し上げた『愛書狂』Biblio-maniaという本を出版します。これを献呈した相手というのは、有名な蒐集家でリチャード・ヒーバーという人物がおりましたが、そのヒーバーはですね一種、大言壮語をやりまして「愛書家たるもの、出版された書物は各自3部所有すべし。一部は蔵書用、一部は読書用、一部は貸出用だ」。そうやってbibliomaniaとしての力を誇っていたわけですね。
その1800年にリチャード・ヒーバーに宛てて書簡の形で書いたのがディブディンの『愛書狂』または『書物狂』『その不治の病の歴史、兆候、治療に関する書簡』英文名なかなかいいですよ。
The Bibliomania orBook-Madness,containing some Acount of the History,Symptoms, and Cure of This Fatal Disease in an Epistle to Richard Heber, Esq.
となっております。
最後の ‘fatal disease’、どうしてもどんなことをやっても治らない病気、これが愛書趣味、あるいは書物蒐集の趣味だこういうわけですね。当時のディブディンを知る人々の証言ではこの人物はオックスフォードで神学博士号を与えられたというふうにされていますけれども、比較的背は低くて異常に明るくて早口で、笑い声が子供っぽくて若者のようにスキップして歩く馴れ馴れしいけれども、気持ちがいい男で、ちょっと虚飾が目立つな、というそういう人物だったと描写されています。
たくさんの書物を出しました。ロクスバラ・クラブと関係のある大きな事件がありましたので、これをご紹介しましょう。
イギリスの古書蒐集史において、第3代のロクスバラ公爵ジョンJohn, 3rd Duke of Roxburghe、1804年に亡くなりました。この人物が今でも不朽の名声を誇っているのは、彼の死後8年経ちました1812年にロンドンで蔵書の売り立てが行われ、驚異的な記録を出しました。
その直後に彼の名前にちなんで設立されまして、今なお続いているロクスバラ・クラブ、この令名によるところが多いわけであります。その後、雨後の筍のごとくブッククラブが作られましたが、ほとんどが誰も知らないうちに消え去ってしまうという、ところがこのロクスバラ・クラブだけは現在もきちっとした形でできております。すべてのアーカイブはSociety of Antiquaries、ロンドンの好古家協会に置かれていますので、それを調べることは可能であります。
03:53 ロクスバラ公爵蔵書競売
この1812年に行われたロクスバラ公爵の蔵書売立て。42日間続いたそうであります。そしてそのうち一番高かったいわゆるハンマープライス、高価に落札したのが1471年出版のボッカチオの『デカメロン』であった、2160ポンド。
それまでイギリスの古書市場で4桁の数字になったのはなかったそうです。これが最初。そして1884年まで70年間以上破られないそれほど高価なものだった。で、こんな他にもたくさんの稀覯書が競売で出たわけですけれど、こういう風になるというのはあらかじめ見越していたディブディンは、ライバルたちをうまく競い合わせて、最後の売立て直後の夜に宴会を開きます。そして18名の参加者でもってロクスバラ・クラブっていうものを作りましょう。そういうふうに持ちかけて成功したということですね。
06:08 ロクスバラ・クラブの規約
このボッカチオを獲得できなかったスペンサー伯爵、これは例のダイアナ妃の先祖にあたりますがこの人物を会長として選出し、毎年同じ時期にロンドンで集まって会食することそして会員は、在任中少なくとも1点の書物を印刷して無料で会員に贈呈する、こういったような規約を定めました。
ですからロクスバラ・クラブは先ほど申し上げたように本質的に出版クラブだったのであります。ディブディンはそのクラブの副会長と事務局長に収まりました。
06:47 会員リスト印刷の特徴
ロクスバラ・クラブの出版物の冒頭には会員リストというのが付いてまして誰にあげるか、その人物は全部赤で印刷されあとは黒で印刷されてます。ですから1人ずつ別々の印刷によって会員用のコピーが作られている。ですから印刷コストが相当かかるわけですよね。
07:15 40部の限定出版
ともかくも、非常に入念に準備されて40部ほどしか印刷されていませんから一般に入手するのはほとんど難しいケースとして出てきます会員が亡くなった後、あるいは蔵書を整理するときにこのロクスバラ・クラブの出版物が、競売あるいは古書市場に出てくるこれを待つしかなかったわけです。
07:37『ラ・ジュリエッタ』の復刻
例えば会員だったウィリアム・ホールウェル・カーという人物。1817年にクラブに献呈したものは『ラ・ジュリエッタ』というイタリア語のロミオとジュリエットの原典、1535年に出版されたイタリア語の本をそれを復刻して出しておりますこれが1817年に出ております。
もちろんこれはシェイクスピアも目にしたかもしれないイタリア語の原本だったこの物語を描いた9点のオリジナルな水彩画が挿入されておりますので、極めて重要視、また珍重されるものであります。
08:24 ラブの『英訳キリスト伝』
ただ、もうすでに設立されて二百年以上も経ちました。このクラブの版本は多くの場合には、中世の写本、あるいは印刷本をファクシミリとして再版したもの、あるいは校訂版でした英文学の研究に寄与した一冊として、1908年のパウエルという人物が編纂したニコラス・ラブ英訳の『イエス・キリストの祝福されし生涯の鏡』というのがあります。かなり分厚い本です。
ニコラス・ラブは北ヨークシャーのマウント・グレースという修道院の修道院長でした。原著はボナヴェンチューラという名前の作者が書いたと言われておりますが、ラテン語の『キリストの生涯についての省察』、meditation瞑想と言っても宜しい。これであります。
この作品は英語訳なんです非常に重要な英語訳。なぜかと言いますと、当時イギリスで多大な影響を持っていた宗教改革者ジョン・ウィクリフ、あるいはその一派ロラードの英訳の聖書に対抗して美しい英語散文で訳されてカンタベリーの大司教アランデルに献呈されたものですこれをわずか40部しか現存しない稀覯書でありました。
10:02 Broxburne Library
私は、いくつかロクスバラ・クラブの出版物というのを持っております。どういうふうにしてできているのか、それを調べて参りましたけれども、この出版物の中で書物史、および出版市場で最も重要だと思われるものは、1965年に会員のアルバート・エアマンが献呈した『ブロックスバーン蔵書中の資料に基づく印刷術の発明から紀元1800年に至る期間の目録による書物流通』という、非常に長いタイトルでありますけれども、そのグレアム・ポラードとアルバート・エアマンが共同で書いたBroxburne Libraryというのはエアマンが持っていたコレクションですが、大変な蔵書。
しかもそれは、書物流通に関するものがたくさんあったんですね。オックスフォード出身のグレアム・ポラードという書誌学者、この人物は書物流通に関する歴史をずっと研究していた人物でありました。
さて、クラブはこういった貴重な資料の出版を可能にしただけではありません。1934年には書誌学的なスキャンダルの舞台にもなったことがあります。非常に有名な事件です。(後編に続く)
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